コラム

医師 中村哲


都会へ出張する時の楽しみの一つが本屋である。都会には大きな本屋が必ずあり、時間があるときは寄って、5~10冊程度の本を購入、重たい荷物を提げて帰ることが多い。その場合に購入するジャンルは、自分の専門関係、今の話題の本、それからジャンルは問わず興味を引かれた本だ。今回は医師中村哲氏の「天、共に在り。アフガニスタン30年の闘い」という本が棚に山積みされていたので買った。

中村氏は、昨年アフガニスタンで銃撃にあって亡くなったことは知っている人は多いと思うが、実は彼は医師でありながらアフガニスタンに1600本の井戸を堀り、25キロに及ぶ用水路を作った。なぜ彼が医師で在りながら、そういうことをしたのかということに興味があった。

彼は38歳の時、日本キリスト教海外医療協力会から医師として派遣され、パキスタンのペシャワールに赴任して活動した。その後アフガニスタンに活動の軸足を移し、誰もが行くことを嫌がるような僻地に医師として行くことを希望した。その後は自分で組織を立ち上げアフガニスタンの人々のために長年にわたり尽力した。趣味は昆虫と山だそうで、福岡の山岳会のヒンズークッシュ(7708㍍)遠征隊に参加したことが一つのきっかけだったようだ。最初は現地のハンセン病の治療のため山奥に診療所を作り、最終的に井戸や用水路を掘るにいたる。それは、いくら病気を治そうとしても、その病気が起こる根本である水の問題、また病気をもたらす貧困のもとである食料の問題を解決しないと先に進まないと考えたからである。ここに彼の真骨頂がある。普通の医者なら医療を提供するだけなのに彼はその先に進んだのだ。それは困難との闘いであるが、確実に人々を飢えから、そして病気から救う道だったのだ。

彼の生き方を学んでふと思い出したのが、渡辺昇一著の「歴史の鉄則」に書いてある税理士の金魚鉢の金魚論である。つまり税を語る本というのは、節税方法とか申告方法を述べた技術論ばかりで、枝葉末節なものが多い。税理士や税務署の役人、税金専門の学者は今の税体系中で生きている金魚鉢の金魚のようなもので、その人達の話しを聞いても何ら根本的な解決にはならないというものだ。

中村医師は医者という金魚鉢から出て、アフガニスタンの農民を根本から救うために井戸を掘り、用水路を作った。それはかれらが心から望んだもので、多くの人々が心から彼の死を悼んだのだった。惜しい人を亡くした。

渕上コラム「変える言葉」