コラム


新年あけましておめでとうございます。今年もコロナに翻弄されそうな1年になりそうですが、冷静に対応していきたいですね。それでは初回は「運」について考えようと思います。

皆さんは初詣でおみくじを引きますでしょうか。10代女性は約44%が引くらしいのですが、年齢とともにおみくじを引く割合は低下して60代の男性では12%程しか引かなくなるようです。なぜおみくじを引くかというと今年の運勢を占いたいからです。つまり大吉を引いて今年も良い運だと思いたいからです。

私が大学生の時に友人から言われて憶えているのは、パナソニックの松下幸之助氏は面接試験で自分自身の運が良いと思わない学生は採用しないそうだという話しです。真偽の程は別として、運が良いと思う人には共通点があるそうです。それは運が良いと思う人は、実はチャレンジを多くしている人だと言うことと、感謝の心を持っている人と言うことです。つまり前向きなのです。

運が良いと思う人は約3分の2程です。運が良いと思う理由は、「良い配偶者、子供に恵まれたから」とか、「よくくじに当る」、「良い友人をもっている」、「大事な旅行などでよく晴れる」などがありますが、運が悪い人は「男運が悪い」などという運のよい人が言うことの反対を理由として言っています。

しかしよく考えてみると、運のよい人と、悪い人の考え方や行動にその原因があると言われます。そのためその考え方や行動を変えると運がついてくることになります。従って運が良いという人はすでにそういう思考・行動をもっていると考えられます。

運の良い人に運が良くなるための考え方・行動を聞くと、「ポジティブ・明るい」が一番で、「感謝を忘れない」が2番です。これに対し、運が悪い人に運が良くなるための特徴を聞くと、「分からない」がダントツの1位で、2位が「「ポジティブ・明るい」となっています。最も差があるのは、「感謝を忘れない」で、運が良い人の3分の1しかそれが幸運をつかむと思っていません。プレジデントでも運が悪い人は信仰心が薄い、つまり感謝が足りないと分析していました。まず年始めに分散詣でも良いので初詣に行き、神様・家族・友人・会社の皆に感謝しましょう。それが今年の第一歩です。お賽銭を忘れずに。運の悪い人はお賽銭をけちるという傾向が出ています。

渕上コラム「変える言葉」
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感謝と協力


今年もあと3日で終わりだ。弊社も今日で仕事納めとなる。考えてみれば暦とはすごいものだ。日常生活を年、月、週、日と区切り、生活を支えている。もし暦がなければと考えるとぞっとする。暦は紀元前3000年頃に、ナイル川の氾濫が定期的に起こることから、法則性があることに気づいた古代エジプト人が発明したらしい。これを太陽暦という。現代の暦の原型である。

その後ローマがエジプトを征服した。それまでローマは太陰暦を採用していたが、1年を355日としていたため、ズレを調整するのに苦労をしていた。そこでローマの指導者ユリウス・カエサルは、征服する地域の拡大に伴い、全ローマの統治のためにエジプトの太陽暦を改良したユリウス歴を作らせた。その時の月を表す言葉に自分の誕生月である7月を自分の名前にちなんで、ユリウス(英語でJULY)に変え、後の初代皇帝オクタヴィアヌスも自らの称号アウグストゥス(尊厳者)を8月に当てはめAUGUSTとした。

その後ユリウス暦は1000年に8日の誤差がでることがわかり、これをヨーロッパのローマ教皇グレゴリウス13世が改良し、今でも使われるグレゴリオ歴となった。毎日使う暦にしても、これだけ長い年月と改良によって作られている。

私たちの生み出すサービスについて同じように考えて見よう。まず絶え間ない改良をやり続けているのだろうか。サービスを変更・改良し続けているだろうか。時代は
100%変わり続ける。そのため、変更・改良しないことは生物学的に言えば、絶滅種になっていくことになる。

わかりやすくいうと今はITを使わずに仕事はできなくなっている。しかし、中には現場の仕事などパソコンを使わない仕事をしている人もいる。彼らは俺にITは分からないし、関係ないと言うだろう。しかしその人のいる会社はITがないと回らない。請求書の発行、管理など多くの仕事でITは使われている。そのパソコンを使わない人の存在は、パソコンを使う人によって支えられているのだ。

仕事はすべて協力関係で成り立っている。従って自分の役割をその中で発揮しないと企業は成立しない。今年を支えてくれた社員、関係企業へ感謝を言いたいし、また来年も協力をお願いしたい。

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今年の世相を表す言葉は「密」という言葉と決まった。今年世界をパニックに落とし込んだコロナを表す言葉で、受賞は当然だろう。

まず会社での「密」というと、日本の企業における一人あたりオフィス面積の「密」がある。日本では何も生まないオフィスにはお金をかけない。そのためオフィスは密になりやすい。また社員同士での密もある。忘年会、仕事終わりの飲み会、仕事先との密である顧客との飲み会やゴルフなども多い。これは日本人が本来農耕民族のため、皆で協力して事に当るというアイデンティティーを持っているからだろう。そのため密に抵抗がないのかもしれない。

種の起源でダーウィンは、同じような種が分布している荒れ地に、回りに柵をしたり、1種のそこになかった木を植えるだけで、年数が経過すると、そこに生育する木の種類や昆虫の種類、生息する鳥などに大きな変化が起きることを確認している。柵をしただけなどのそんな小さな変化が年月の経過につれ考えられないような大きな変化を生じさせてしまうのだ。これは経営にも言えることかもしれない。大きな事をしようとすると全員が反対して先に進まなくなるが、小さな事を実行することで、知らず知らずに企業の体質が変わってしまうことはよくある。

2010年2月にHISの澤田社長がハウステンボスを引き受けたときに、ハウステンボスの社員はどんな大なたが振られるのか、リストラされるのではと戦々恐々だったと聞く。しかし、澤田社長が出した基本方針の第一は「掃除の徹底」だった。第二は「元気に仕事をしよう」、第三は「経費を2割下げて、売上を3割増やそう」と続くが、とりあえず社員は安堵すると同時に頑張ろうと考えることになる。もちろんそれは社員向けであり、経営者として、もっと大きな固定資産税を穴埋めできる再生支援交付金の取得や銀行の借入金の放棄なども取り付けての話しだ。

次にビジョンが来る。「東洋一美しい観光ビジネス都市」という視点だ。お客の少ない冬に「光の王国」とうたってイルミネーションを増やし続け、1300万球のイルミネーションを実現し、日本一となって顧客の増加に寄与している。つまり澤田社長という一つの木をハウステンポスに植え、澤田社長は掃除を通じてそこに存在する社員のやるき、安心感を引き出し、まったく違う会社の体質を作ってしまったのだ。小さなことを馬鹿にしてはいけない。小さなことをきちっとすることは経営の第1歩である。

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変わる企業経営


ワークマンという会社がある。作業服の会社というイメージだが、現在10期最高益を更新中である。この会社の経営スタイルもまたこれまでと違い新時代の経営を想像させるユニークさだ。

例えば「社員のストレスになることはしない」と決めている。残業や、仕事の期限、ノルマ、短期目標などを設定しない。次「にワークマンらしくないことをしない」と決めている。他社との競争、値引き、デザインの変更、顧客管理、取引先の変更、加盟店は対面販売・ノルマもないなどだ。また「価値を生まないムダな事はしない」とも決めている。社内行事や会議は極力しない。経営幹部は極力出社しない。幹部は思いつきでアイデアを口にしないなどだ。つまり、ワークマンは「しない会社」を軸に成長を続ける会社なのだ。多くの企業がやっているノルマを定めて、期限までにやりきるということは一切しない。頑張らないのに業績は10期連続最高益更新である。どうしてそれが出来るのか?

この答えの前提に今あらゆる場所で起こっている若い人を中心とした意識の変化がある。変化と言うより180度の転換といった方が妥当かもしれない。つまり、戦後の復興時のがんがん上からはっぱをかけるやり方は、戦後の産物となり、昔当たり前だったパワハラ、セクハラ、24時間働かせる経営者が偉いという考えは、本当に過去の時代の産物となりつつある。これからは社員の犠牲を強いるやり方、当然に経営者・経営幹部もすべてを犠牲にして仕事をするやり方から、社員それぞれの家庭の幸せ、経営者・経営幹部の家庭の幸せを考えながら、短期ではなく、長期の戦略に乗っ取り、確実に事業を展開することが求められる時代になったのだ。

春のコロナの感染蔓延時に、リモートワークにトライした企業も、スタイルを完全に変えられずに、リモートが一時的なものとなり、結局元の仕事の仕方に戻り再感染拡大を招いているかもしれない。コロナ対応という一時的なものではなく、新しい働き方の模索でないといけない。リモートによって業績は変わらない。逆に仕事のできない人があぶり出されてくるという話もあるのだ。

人間の時代の感性に基づかないと新しい時代はつかめない。それが理解できずあいかわらず同じ事をやっている経営者、幹部、社員もリタイアしないと困る時代になりつつある。

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歴史から学ぶ感染症


冬になり再びコロナが流行ってきた。東京・大阪ベースの情報がテレビから毎日流れており、地方にいても都会のイメージに引きずられるところがある。来年はワクチンにせよ、オリンピックにせよコロナ終息の方向性がはっきりしてくると思われる。世界の感染症の第一人者の多くが来年中の終息を予測している。ここで磯田道央(みちふみ)氏の感染症の日本史から学んでみよう。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」である。

実はあまりそういうイメージを持っていないのだが、日本史も感染症により作られているという一面がある。今年の「給付金」「出社制限」「ソーシャルデスタンス」も過去にあったと聞くとびっくりするかもしれない。今はコロナで大変だが、感染症の危機は確実にこれからもやってくるのである。しかも人類が世界中で移動することが当たり前になった現代社会は、そのスパンがだんだん短くなってる。そこで歴史から学ぶことが必要になってくるのである。

磯田氏は「日本を守る」というとき、「仮想敵国」が日本に軍事攻撃してくる確率より、パンデミックで国民の命が奪われる確率の方がはるかに高く、この現実を政治が直視し、ソフトとハードの備えを行うべきだと言っている。確かに私たちが悲惨な戦争と認識しているベトナム戦争でのアメリカ軍の死者は約58千人だが、コロナによるアメリカの死者数は12月3日で27万人を超しており、年内には30万人を超える勢いだ。これは、6年間にわたる第二次世界大戦でのアメリカ人の死者数29万人を超える。

また人の死亡原因は、一番多いのは戦争でも事故でもなく病気であり、その病気にしめる感染症の割合はかなり高い。つまりなかなか老衰という形では死ねないのが現実なのだ。現代人は死とは一定距離をとっている。親との別居、病院での死、冠婚葬祭業者への葬式の外注など死を身近に感じられない状況となっている。コロナは特殊ではなく、これまでもこれからも起こる事であり、正しく恐れ、又は必要以上に恐れないことがひつようとなる、政府も医療従事者への支援など、同じく学んで対応すべきなのだが、まだ言うだけで実施しない。これでは信頼を得られなくなり、政府の言うことを守らないが増加する。きちんと対応して欲しい。

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YES or NO


考えると人生はYESorNOの連続だ。よく考えると選択においてYESorNOと言いながら、実はニュートラルというケースが意外と多い。ある事柄について実施するというYESの方針が間違いなく良いと思いながら、大変そうだとか、本当はしたくないし、できそうもないとかなどと、先を考えてしまい対応がニュートラルになってしまう。これでは良い結果はでない。はっきりとYESorNOで対処した方が良い。

別府のAPU(立命館アジア太平洋大学)の学長である出口氏がこう本に書いていた。「おもしろそうな話しなので、約束に遅刻してきた知人の知り合いの提案されたライフネット生命の設立に関わった。又、APUの学長の公募に友人が推薦してくれたが、断れなさそうなので学長をすることにした。」。普通ならちょっと待って考えさせてというところを人の縁というスイッチが働き、即座にYESを表明することによりステージが変わってしまったということらしい。ただしそのスイッチを入れる前の提案をしてきたのは、出口氏の魅力によるところだろう。そこに旅をしたり、本を読んだりする意味がある。

出口氏は私より3つ上の72歳なのだが、その精神に老化は見られない。彼の辞書に「年齢、定年」という言葉は存在しなそうだ。もともと定年という制度は日本でも明治に導入された制度で、その歴史は130年位しかない。海外では定年のある国とない国があり、その選択は国や国民の考え方や、経済の発展度合い、年齢構成比などにより決まっている。日本も当初は定年制度を入れることは就業規則の絶対規定だったが、今はどちらでも良くなっている。つまり。当たり前の事だが、人というものは100歳まで元気な人も50歳で車いすになッたり、亡くなる人もいて本当に多様性がある。平均値できめることに個人として意味はない。メリットがなくなれば定年も当然に消滅するだけである。毎年就労人口が数十万人単位で減っているが、年齢でなく、就労可能かどうかで判断すれば対応が可能だ。皆一斉にということが日本人は好きだが、それをやめれば多くの問題が解決する。

転勤という制度も、日本では単身赴任がこれまでかなり一般的だ。人生に占める割合が30%に満たない仕事というものが、社員個人の人生を支配する理不尽さを早く解消し、欧米のように希望する者から選ぶべきだ。もしくは現地採用を増やせば良いのだ。社員に必要以上に江戸時代の踏み絵のように強いるやり方は明らかに時代遅れとなっている。日本が世界幸福度ランキングで58位(2019年)からトップ10にいつか入るような状況になって欲しい。それにより国力は上がると考えている。

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そうだ、旅に出よう


Go to travelの影響か、コロナ疲れの影響か、人が観光地に戻りつつある。しかし慎重な日本人らしく、まずは近場からと言う感じで、遠距離の旅行に使う航空機はまだ空いているような状況だ。

人生を豊かにするためには、昔から「人、本、旅」が必要だと言われている。人生を豊かにするには、「本を持って、旅に出て、人と会う」ということが重要だということだ。今は「旅」だ。江戸時代には、当時の人口の6分の1に当る400万人が1ヶ月以上かけてお伊勢参りに出かけていた。しかし、現在はそんな日数旅行するということはとても考えられない。それは戦後の製造業をモデルとした休むことは悪であるという価値観を平成、令和と時代が変わってきても維持し続けているからである。

1年間は8760時間である。このうち、仕事は240日(弊社の場合)×8時間で、1920時間である。つまり約22%が仕事の時間というわけだ。残業が多少あるとしても、30%に満たない。この30%未満の仕事をする会社が人生のすべてを支配している事になる。人生の時間の多くを共有する配偶者よりも仕事が優先するというのは合理的な思考ではない。私が若いときにTVで、仕事をしている夫に、妻からとにかくすぐ帰ってきてという電話をさせる。仕事を一生懸命やるアメリカ人でも、外国人は皆すぐ仕事を辞めて帰っていた。それに対し、日本人は仕事をできるだけ早く終わらせてから帰ると言い、帰らない。それをまじめな日本人と褒めていた。

また海外旅行に行くと、外国人の旅行者は、若いカップル、職場の友人など働き盛りの人が多く旅行しているのに対し、日本人は高齢者のカップルやグループ、それに若いカップルが中心で、働き盛りで一番海外に行って社会を変えないといけない人が見当たらない。そのため日本の政策は進歩があまりない。働き盛りの人に「人、本、旅」という人生を豊かにするパーツが欠けているからだ。

今のgo to travelはコロナが原因とはいえ、日本人に人生を豊かにする旅を政府が初めて提供している。日本の世界における経済の地位は下がる一方だ。その一因として社員が社内の飲み会をたびたび強要されることにより、いろんな人に会う「人」の縁をカットされている。多くの残業を強いれば、「本」を読む時間を作れない。有給休暇のまとまった取得ができなければ、ちまちました旅しか出来ない「旅」のカットとなる。これでは未来がない。

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人生の目的と仕事


「あなたの人生の目的は何ですか?」と聞かれて「これこれです」と答えられる人はあまりいないと思われる。しかし、目的があった方が自分の人生に達成感は得られる。目的があれば目標は自然とでてくるし、目標があると人は前に進むようになる。つまりより前向きに学び、よりよく働くことにより、より社会に貢献し、自身の能力を磨くことが出来る。そういう人は魅力的だ。起業家などがもてるのはそういう魅力を持てるからである。特に若いときに目的・目標がないと自らの能力を磨き、社会のために役立てることができない。これは大きな損失である。

福沢諭吉の言葉に、「進まざるものは必ず退き、退かざるものは必ず進む」というものがある。多くの人は今のままで良い、つまり現状維持を望むらしいが、それは不可能である。子供じみた考えである。日本三大随筆の一つである。鴨長明の方丈記にも「世のすべてのものは常に移り変わり、いつまでも同じものはない」と書かれている。仕事においても同じで、会社とそこで働く従業員が現状維持を願った段階で、あっという間に時代遅れになってしまう。変えてはいけないものは仕事の中身ではなく、理念である。普遍的な理念を持ち、仕事は時代にあわせて変えていかないといけない。

普遍的な理念と言うと、明治に新しい考えや言葉が入ってきたときに、偉人はその言葉の本質を見抜き、日本語に訳している。例えば、「freedom」という言葉だが、福沢諭吉が「自由」と訳し、「心身の働きをたくましくして、人々が互いに合い妨げず」と規定している。社会、幸福、家族と日本語に訳したのも諭吉である。

少し横道にそれるが、「愛」という言葉は明治以前にはなかった。仏教用語の「愛」はあったが、それ以外は、「恋」、「色恋」くらいであり、西洋的な意味での愛はなかった。日本で初めて「愛」という言葉を使ったのは二葉亭四迷である。「浮雲」の中で最初「ラヴ」と表記し、その後「愛」と書いた。二葉亭四迷は英語の翻訳の中で出会った一節にも悩んで、「I love you」を、「死んでもいい」と訳した。夏目漱石は、同じ英語を「月が綺麗ですね」と訳したと言われている。そのセンスはすごいと思う。

つまりそれほど言葉とは後の時代に影響を及ぼすものなのだが、考えに考えた経営理念の言葉を大事にできない企業・社員の未来は暗い。もっと言葉に力を与えるべきである。それができるのは人しかない。良い言葉・理念は人生の宝物である。

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わいた温泉郷


今回は先週紹介できていなかった熊本県の小国町にあるわいた温泉郷について話す。実は私はここに40年程前から時々遊びに行っていた。近いので日帰りばかりであるが、涌蓋山(わいたさん)のふもとに、はげの湯、たけの湯、山川温泉、麻生釣温泉など六つの個性豊かな温泉が散在している。里山ののどかな雰囲気の中、いろんなところから蒸気が噴き出している光景はなかなかユニークである。この自噴する蒸気を使った蒸し料理も有名で、食材を持っていって自分で蒸すことも出来る。はっきりいってすごい山の中であり、温泉も点在しているので昔はぱっとしなかった。しかし全国の温泉地・観光地と同じように、施設、道路、温泉地全体の整備により、今はなかなかユニークな温泉地となっている。

ここの特徴は、湯布院や黒川と違い、特定の宿泊施設のリーダーシップによって知名度が上がったと言うよりも、本当に大自然の中にそれぞれの温泉地、施設が自由に展開していっていたが、核となる施設の登場により、一気に知名度が上がったようだ。とにかく各温泉地の癖が強い。

わいた温泉郷は、「豊礼の湯」という大きな駐車場がある温泉場が中心だ。お湯はホワイトブルーで蒸場もある。山翠という旅館は山の中なのに伊勢エビ料理が有名だ。当然に名物の蒸し鶏料理はある。しらはなシンフォニーという宿はおばあさんが作る絶品の山菜料理が有名だ。何を食べてもおいしいし、広い硫黄温泉も貸し切りだ。

変わったところでは、守護神温泉という宿は、全室が一戸建てで、温泉付しかも入る度に新しく温泉を入れかえるというスタイルで、その温泉からは絶景の谷と山が見える。しかも大きなテレビやワインやお茶のサービスもあり、カップルや家族でゆっくりするには最高だ。食事は一切ついていないが、電話で注文すれば宿まで配達してくれる。麻生釣温泉も露天風呂付で、食事はつけてもつけなくてもどちらでも出来る。つまりわいた温泉郷はその異なった個性により宿泊者の多様性への対応ができるのだ。

日本は、先進国の中でずば抜けて森林割合が高い。約68%が森林だ。大都市からも1~2時間車走れば森の中を歩ける。これに対しアメリカは森林割合は34%しかない。日本の人気の温泉地は自然の中にあり、車の便が良いという特徴がある。日本人は有史以来森に囲まれて暮らしてきており、そのDNAのせいか自然の中に行くと安らぐのだ。次の休日は是非森の中の温泉地へ出かけよう。

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黒川温泉


先週go to トラベルについて話しをしたので、今回は自宅から車で1時間半程で行ける黒川温泉について話す。私の家から車で1時間半ほどの範囲に日本一になった温泉地が4つある。それは別府、湯布院、黒川、わいた温泉郷である。

別府温泉はいうまでもなく、湧出量世界一などすごい温泉地なので日本一の人気となるのは当たり前なのだが、他の温泉地の事情は異なる。まず湯布院温泉を日本一の人気にしたのは、地元の亀の井別荘の中谷健太郎氏、玉ノ湯の溝口薫平氏、そして夢想園の志手康二氏の3人の努力が基礎にある。ドイツのバーデンバイラー視察の後、それを参考に街作りを始め、その後その努力が報われて日本一の人気となった。大型開発を避けた街作りが功を奏したのだ。

次に日本一となったのが黒川温泉だ。黒川温泉は、山間地の利便性の悪い地にある。当然に人気はなかった。転機となったのは、若い二代目の青年部の存在だ。その中心となったのは温泉旅館新明館三代目の後藤哲也氏だ。魅力のある温泉を作ろうとノミ一本で洞窟を掘り、露天風呂にした。今黒川に行くと特徴のある露天風呂がすべての宿にあり、周りは自然樹に囲まれている。通常の温泉地に行くとホテルの風呂はお客さんが来る前の午後3~4時頃までしか入れないが、入浴する方としては食事前の午後5~6時頃か、夕食後少したってから入りたい。黒川はすべて午後9時まで入れるし、宿泊客用に別の風呂もたくさんあり、日帰り客とトラブルにならないように工夫されている。

しかも黒川温泉の近くには、杖立温泉と内牧温泉という大きい温泉地が二つあった。その対策として、「黒川温泉一旅館」という理念で全宿泊施設が露天風呂を有し、かつ日帰り入浴も出来、温泉手形で割安にいくつもお風呂に入れるという戦略をとり、街全体のイメージを作っていった。それが大人気となった。その山奥という個性を活かして、不便な場所というどちらかというとマイナスなイメージを、自然に囲まれた場所という、ポジティブなイメージに変えたのだ。

新しい街作りには必ず一人、又は数人の未来のビジョンを持った核となる人間がいる。彼らの努力によりそれが全体に普及して、結果として街全体が変わっていく。最初は周りの人は見ているだけ、何もしない。それが次第に全体に伝わっていくのだ。意志がすべてのスタートとなる。

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