コラム

組織力の強化


中小企業の社風判断などで、会社の課題をチェックしてみると、ほとんどの会社の課題として「組織力の強化」がピックアップされる。そしてまた多くの経営者がそれを意識している。この「組織力」というものの実態は何だろうか考えてみることにする。

社員が一人以上いれば組織である。またその社員が家族の場合でも原則同じだ。組織力の実態は、社長の経営理念の実現に向けた幹部、社員のそれぞれの役割と権限委譲とそれを可能にするコミュニケーションと評価だ。しかし、ほとんどの会社の経営者はマネージャーの仕事をしないといけないのに、一人分の給料がもったいないと社員と同じ仕事をしている。またほとんどの会社の幹部・従業員は社長と同じ仕事をしている。つまり、社長の方針を、自分が社長になって否定しており、他の社員に「社長がこんなことをいうが、そんなことをしても意味がないので、する必要はない」と言い放ち、自分が本来すべきプレイヤーの仕事をしていない。結局それは自分ができないことの言い訳でしかないのだが、自らの気持ちをごまかして、チャレンジをしないだけでなく、会社全体へ影響を与える。まさしくグラシャムの「悪貨は良貨を駆逐する」ということになってしまう。

これからは否応なく評価の時代に入る。なぜなら働く若手は少なくなり、ITリテラシーなどの新しい時代に必要なスキルを中高年は持っていない。年功序列や定年などは霧消し、評価が人事の核になることは見えている。国や地方の状況を見ればよくわかるが、いくらデジタルへの移行を言っても、権限をもっている中高年は、自分の不得手なところはスルーする。いつも聞くのは「これまでやれたのだから、変える必要はない」という言葉だ。これは欧米なら即降格の対象だ。ところが日本ではそういう人が数と権限を占めているためそうならない。私が大学を出た頃の日本人の平均年齢は27歳くらいだった。今は47歳くらいだ。そして経営者の平均年齢は60歳だ。日本経済の問題は、新しい時代への対応を若い人でなく、中高年がやっているということだ。若い人が絶対的に良いということではないが、政治におけるクオーター制のように、中高年の経験を活かすためにもすべての分野において若い人の考え方とスキルを取り込んでいく仕組みにしないと益々他の国に遅れていくような気がする。

経営者、社員の多くは目の前に起こる事象しか見ていない。しかし、多くの経営上発生する事柄は、好むと好まざるとを問わず、時代を反映して、世界、日本、業務地域とその多くは収斂していく。未来を見て、今をしっかりと実行するしかない。

渕上コラム「変える言葉」